魔法

戦争だって起きてるのにずっと僕は寝たきりでいる。悲しいニュースから身体を遠ざけてはうるさいなんて言うあの大人の様に、ずっとずっと思考は子どものままなんだ。気持ち悪くて仕方ないのに、吐けないまま。気がおかしくなる。

うつなんていう時代遅れの病気で、一体何が出来るの。死ぬまでどのくらい一人を愛せるの。怖いのはずっとそうなのに。つらいのに。誰もわからないし、わかってたまるかとも思う。面倒くさいね。

 

これでも愛して欲しいだなんてまた言うの?もう魔法は切れちゃったよ。

延命

水色の封筒はまだ学習机の中にある。

 

 

 

本当に自分が自分で良かった記憶なんて、全然無かった。それは季節の移ろいのように、僕にとっては自然な事だった。けれども、最近はまた違う感覚でいる。

 

僕が僕である事の意義は、たしかにあった。それを貰った時は気づけなかったけれど、いや、本当はそれを貰った瞬間に気づかなければならなかったのだと思う。ちゃんとさよならが言えた後の少しだけ視界がボヤける感じを、そのままにしなければ。きちんとアタマを働かせて、言葉に出来ていたらもっと違う結末だったのかな、とか。

 

自殺をしようとしない、考えもしない日が続いて、今日まで生きてきた。あの頃の自分に教えたらビックリするだろうな。けれども本当。あの日からもう結構経った。けれども、寒い日にはあの日と同じコートを着て、あの日と同じように鼻を赤く染めて、また人を、人を信じようとした日のことを覚えている。それに書いてあったように、気づけば周りには少し話せる人が増えていった。

 

精神科の治療が、必ずしも合っているとか正解だとか救いだとかは、正直わからない。当たり前だけど、ドクターもカウンセラーも人間に帰結して、信じたいものそうでないもの護るべきものが僕と同じようにそれぞれある。十数年間その交差地点で自分は一体何をやっているんだ、と悲しみに暮れる事も少なくなかった。だからこそ、人は人に伝えるんだ、と思う。その方法は何でもいい。言葉、音、仕草、五感全部使って、伝えてく。それを、続けていく。それが、少なくとも、僕にとっての延命なんです。

 

 

色が褪せそうになったら、また読み返します。こんな生命だけど、光っているから。